はじめに
昭和20年以降に発生した気象災害(台風、風水害、雪害)のうち、死者・行方不明者数が100人以上の事例をまとめます。
一方、顕著な災害を起こした自然現象(火山、地震、気象)に対して気象庁は名称を定めています。気象災害(台風を除く)では顕著な被害(損壊家屋等1,000棟程度以上または浸水家屋10,000棟程度以上の家屋被害、相当の人的被害、特異な気象現象による被害など)が発生した場合に、台風では顕著な被害(損壊家屋等1,000棟程度以上または浸水家屋10,000棟程度以上の家屋被害、相当の人的被害など)が発生し、かつ後世への伝承の観点から特に名称を定める必要があると認められる場合に名付けられます。
名称の付け方は気象災害(台風を除く)では「元号年+月+顕著な被害が起きた地域名+現象名(豪雨、豪雪、暴風、高潮等)」で、台風では「元号年+顕著な被害が起きた地域・河川名+台風」が原則です。
この記事では、昭和32年(1957年)7月25日から28日にかけて被害をもたらした「諫早豪雨(諫早大水害)」についてまとめます。日降水量が1,000mmを超える局地豪雨により長崎県諫早市や熊本県で甚大な被害が発生しました。
概要
昭和32年(1957年)7月23日に九州南部まで南下していた梅雨前線が24日から25日早朝にかけ
て北上して活発化し、一旦は長崎県北部まで北上したのちに南下して諫早、熊本、延岡を結ぶ線に達し、停滞しました。長崎、熊本、佐賀県では大雨となり、長崎県瑞穂町西郷では24時間降水量が1,109mmの記録的な豪雨となり、長崎県諫早市や熊本県で多数の死者が出ました。
この雨は26日昼には小康状態となったものの、27日夜から28日朝にかけては寒冷前線が九州地方を通過し、九州南部で大雨となり被害が出ました。

7月25日~28日における期間降水量、最大日降水量、最大1時間降水量を、期間降水量が多かった順にまとめると下表になります(赤字はそれぞれの最高値)。期間降水量が熊本市で618.6mm、佐世保市で446.6mm、阿蘇山で445.6mmなどの豪雨になりました。なお、24時間降水量が1,109mmだった長崎県瑞穂町西郷は気象庁の観測地点でないために記録されていません。
| 観測地点 | 期間降水量(mm) | 最大日降水量(mm) | 最大1時間降水量(mm) |
|---|---|---|---|
| 熊本(熊本県熊本市) | 618.6 | 480.5 | 76.0 |
| 佐世保(長崎県佐世保市) | 446.6 | 371.8 | 84.8 |
| 阿蘇山(熊本県白水村) | 445.6 | 181.1 | 27.3 |
| 平戸(長崎県平戸市) | 395.1 | 300.0 | 59.8 |
| 人吉(熊本県人吉市) | 385.0 | 182.9 | 51.6 |
| 阿久根(鹿児島県阿久根市) | 322.1 | 190.1 | 49.7 |
| 佐賀(佐賀県佐賀市) | 266.2 | 167.4 | 29.7 |
| 長崎(長崎県長崎市) | 245.7 | 126.6 | 25.6 |
| 福岡(福岡市中央区) | 212.9 | 86.6 | 26.5 |
| 下関(山口県下関市) | 210.5 | 93.3 | 34.7 |
下図は諫早湾周辺地区の降水量の分布です。諫早湾を中心に集中豪雨だったことがわかります。

被害状況
全体の被害は死者が586人、行方不明者が136人、負傷者が3,860人、住家の全壊が1,564棟、半壊が2,802棟、床上浸水が24,046棟、床下浸水が48,519棟などでした。
旧諫早市内では死者・行方不明者が539人、負傷者が1,476人、家屋の損壊が2,221棟、床上・床下浸水が3,409棟、浸水面積が1,770haの甚大な被害でした。本明川の氾濫や1970ヶ所の山崩れによるものでした。
熊本県でも死者・行方不明者が160名を越えました。
諫早豪雨に関わる自然災害伝承碑が、長崎県諫早市、雲仙市に残されています。

まとめ
昭和32年7月25日から28日にかけて被害をもたらした「諫早豪雨(諫早大水害)」についてまとめます。
この記事は下記を参考にして作成しました。
気象庁ホームページ
気象庁ホームページ
九州災害履歴情報データベース
国土交通省 九州地方整備局ホームページ
国土地理院ホームページ



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