過去に発生した地震(9) 江戸時代(6)

過去に発生した地震(9) 『江戸時代(6)』 自然災害に備えるブログ Ready Japan 地震
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この記事は下記の方にお勧めです。

・過去に発生した地震について知りたい方
・歴史に興味がある方

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はじめに

太古から地震が発生していたことを疑う人はいないのではないでしょうか。地層を調べることにより、断層や津波の痕跡から、おおよその地震発生の年代を知ることがあります。

しかし、いつ、どこで発生したのかをある程度の確度で知ることができるのは文字情報、つまり、古文書が現れてからのことです。日本では、西暦416年(允恭5年)の遠飛鳥宮とおつあすかのみや付近で発生した地震が文字情報のある最古の地震と言われています。

この記事では、江戸時代末期(1811年〜1868年)に日本で発生した主な地震についてまとめます。

江戸時代(5)

信濃北部の地震(1853年)

西暦1853年1月26日(嘉永5年12月17日)に信濃北部で発生した地震です。水内、更級郡で住家倒壊が23棟ありました。地震の規模はM6.5と推定されています。

小田原地震(1853年)

西暦1853年3月11日(嘉永6年2月2日)に小田原に被害をもたらした地震です。小田原城下では震度6程度の揺れがあったとされ、小田原城下を中心に死者24人、負傷者13人、倒壊家屋1000棟以上の被害がありました。地震の規模はM6.7と推定されています。

安政の伊賀地震(1854年)

西暦1854年7月9日(安政元年6月15日)に伊賀、伊勢、大和および隣国に被害をもたらした地震です。伊賀上野付近で家屋の倒壊が約2000軒で死者が約600人、奈良で家屋の倒壊700〜800軒で死者が約300人などがあり、全体で死者が約1300人でした。木津川断層の活動で発生した内陸直下型地震で、地震の規模はM7.3と推定されています。

安政の東海地震(1854年)

西暦1854年12月23日(安政元年11月4日)に東海・東山・南海諸道に被害をもたらした紀伊半島南東沖から駿河湾にかけてを震源とする地震です。被害は関東から近畿に及び、特に沼津から伊勢湾にかけて大きな被害がありました。また、津波が房総から土佐までの沿岸を襲い、被害をさらに大きくしました。津波により下田に来航していたロシア船ディアナ号が沈没しました。

家屋の倒壊や焼失は約3万軒で、死者は2千〜3千人と推定されています。沿岸では著しい地殻変動がありました。地震の規模はM8.4と推定されています。

安政の南海地震(1854年)

安政の東海地震の32時間後の西暦1854年12月24日(安政元年11月5日)に畿内、東海、東山、北陸、南海、山陰、山陽道に被害をもたらした紀伊水道から四国沖にかけてを震源とする地震です。被害地域は中部から九州に及びますが、近畿付近では二つの地震の被害をはっきりとは区別できません。大きな津波が発生し、串本(和歌山)で15m、久礼(高知)で16m、種崎(高知)で11mの津波がありました。また、大阪湾に注ぐいくつかの川が逆流したり、道後温泉の湧出が数か月間止まったりしました。

地震と津波の被害の区別は困難ですが、死者は数千人と言われています。また、室戸や串本で約1m隆起し、甲浦や加太で約1m沈下しました。地震の規模はM8.4と推定されています。

伊予西部・豊後の地震(1854年)

西暦1854年12月26日(安政元年11月7日)に伊予西部と豊後に被害をもたらした地震です。安政南海地震の約41時間後に発生し、スラブ内地震と言われています。

南海地震の被害との区別が難しいですが、伊予大洲や吉田で家屋の倒壊がありました。地震の規模はM7.4と推定されています。

飛騨の地震(1855年)

西暦1855年3月18日(安政2年2月1日)に飛騨白川や金沢に被害をもたらした地震です。保木脇(白川村)で山崩れがあり、壊家が2軒、死者が12人ありました。地震の規模はM6.8と推定されています。

陸前の地震(1855年)

西暦1855年9月13日(安政2年8月3日)に仙台に被害をもたらした地震です。仙台で屋敷の石垣、堂寺の石塔や灯籠が崩れました。宮城県沖地震の一つの可能性がありますが、津波は発生しませんでした。地震の規模はM7.3と推定されています。

遠州灘の地震(1855年)

西暦1855年9月13日(安政2年8月3日)に遠州灘で発生した地震です。前年の東海地震の最大余震で掛塚、下前野、袋井、掛川での被害が大きく、ほとんど全滅しました。津波が発生し、死者もありました。地震の規模はM7.0〜M7.5と推定されています。

安政江戸地震(1855年)

西暦1855年11月11日(安政2年10月2日)に江戸に被害をもたらした地震です。現在の千代田区丸の内、墨田区本所、江東区深川、取手市、幸手市、浦安市、松戸市、木更津市、横浜市神奈川区で震度6以上、中央区日本橋および銀座、千代田区霞ヶ関および永田町、水戸市、市川市、佐倉市、富津市、川崎市、横浜市鶴見区、藤沢市で震度5だったと推定されています。地震の規模はM7.0〜M7.1と推定されています。

江戸市中の死者数は1万人前後でした。特に吉原遊郭では建物の倒壊と唯一の出入口である大門に人が殺到し、1000人余りが死亡したとされています。

大名屋敷は266家のうちの116家で死者が発生し、特に、大名小路(現在の丸の内辺り)にあった55家のほぼ全てが何らかの被害を受けました。旗本や御家人の死傷者数は不明で、建物の被害は全体の約80%と推定されています。町人地の家屋は1万4000余軒が倒壊し、特に深川で大きな被害がありました。

地震後30余ヶ所から出火しましたが、風が静かで焼失面積は2.2km2にとどまりました。なお、関東大震災では約38km2 の焼失面積でした。

安政の八戸沖地震(1856年)

西暦1855年11月11日(安政2年10月2日)に日高、胆振、渡島、津軽、南部に被害をもたらした地震です。最大震度は広尾や浦河などの震度5で、襟裳岬や十勝で大規模な崖崩れが起こりました。津波が三陸や北海道南岸を襲い、南部藩で家屋の流失が93軒、倒壊が100軒、溺死が26人あり、八戸藩でも死者が5人ありました。なお、津波は岩手県で6m、函館で3mの記録があります。地震の規模はM7.5と推定されています。

安政駿河地震(1857年)

西暦1857年7月14日(安政4年5月23日)に駿河に被害をもたらした地震です。大井川下流を震源とする直下型地震で、特に藤枝あたりで強く揺れ、田中城の塀や石垣が崩れるなど被害がでました。駿府城下でも土蔵の破損など被害が発生しました。地震の規模はM6.0〜M6.5と推定されています。

伊予・安芸の地震(1857年)

西暦1857年10月12日(安政4年8月25日)に伊予と安芸に被害をもたらした地震です。広島県南部、愛媛県の西条から宇和島にかけて、および山口県柳井でに被害がありました。今治で城内が破損し、郷町で死者1人、家屋倒壊3棟、郡中(松山市)で死者4人でした。地震の規模はM7.3と推定されています。

安政の飛越地震(1858年)

西暦1858年4月9日(安政5年2月26日)に飛騨、越中、加賀、越前に被害をもたらした地震です。典型的な内陸直下地震で、飛騨北部と越中で被害が大きく,飛騨で家屋の倒壊が323軒、死者が209人ありました。山崩れも多く、常願寺川の上流が堰止められ、3月と4月の2度にわたって決壊し、家屋の流出および倒壊が1600余軒、溺死が140人の被害がありました。跡津川断層の右横ずれによる地震と考えられています。地震の規模はM7.0〜M7.1と推定されています。

信濃北西部の地震(1858年)

西暦1858年4月23日(安政5年3月10日)に信濃北西部に被害をもたらした地震です。信濃大町付近の平、青具、千見などで震度6以上と推定されています。信濃大町で家や蔵が潰れ、山崩れがあり、この地震により2月26日の飛越地震で堰止められたところが崩れたと考えられています。地震の規模はM5.7と推定されています。

青森の地震(1858年)

西暦1858年7月8日(安政5年5月28日)に青森に被害をもたらした地震です。八戸や三戸で土蔵、堤水門、橋などが破損し、青森、弘前、陸奥、田名部、鰺ヶ沢、秋田で大きな揺れがありました。地震の規模はM7.0〜M7.5と推定されています。

文久西尾地震(1861年)

西暦1861年3月24日(万延2年2月14日)に三河に被害をもたらした地震です。内陸直下型地震で安政東海地震に誘発されて発生したと言われています。愛知県西尾市から岡崎市にかけて最大震度5強でした。白鳥村で庄屋の柱折れなどの小破損があり、額田郡の4ヶ村で大破した家がありました。地震の規模はM6.0と推定されています。

陸奥・出羽・磐城の地震(1861年)

西暦1861年10月21日(文久元年9月18日)に陸前や磐城に被害をもたらした地震です。陸前の遠田、志田、登米、桃生等の各郡で特に被害が多く、家屋の倒壊や死傷がありました。震源は内陸の説と、宮城県沖の説があります。地震の規模はM6.4と推定されています。

まとめ

この記事をまとめます。

  • 幕末には大地震が頻発しました
  • 安政の東海地震、安政の南海地震では大津波が太平洋岸を襲い、多くの犠牲者が出ました。また、大規模な余震もあり、遠州灘の地震では津波が発生しました
  • 安政江戸地震では約1万人の犠牲者が出ました。また、多くの大名屋敷や民家も被害を受けました
  • 安政の八戸沖地震でも三陸や北海道南岸に津波による被害が発生しました
  • 安政の飛越地震では家屋の倒壊や川の堰き止めおよび決壊により多くの被害が発生しました

この記事は下記を参考にして作成しました。

宇津徳治,2004,世界の被害地震の表(古代から2002年まで),宇津徳治先生を偲ぶ会,東京,電子ファイル最終版.
東京大学地震研究所 応用地震学研究室ホームページ
地震本部ホームページ
仙台管区気象台ホームページ
岐阜県ホームページ
内閣府 防災情報のページ
静岡県立中央図書館ホームページ

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