過去に発生した津波(9) 昭和時代(2)

過去に発生した津波(9) 昭和時代(2) 津波
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はじめに

太古から地震に伴う津波が発生していたことは地質調査で明らかになっています。

しかし、いつ、どこで発生したのかをある程度の確度で知ることができるのは文字情報、つまり、古文書が現れてからのことです。日本では、西暦684年(天武13年)の白鳳地震による津波が初めて記録された津波と言われています。

この記事では、昭和時代中期(1946年〜1965年)に日本を襲った津波をまとめます。

防波堤

昭和時代中期(1946年〜1965年)

昭和南海地震

1946年(昭和21年)12月21日に発生し、潮岬南方沖78km、深さ24kmを震源とするプレート境界型巨大地震により甚大な津波の被害がありました。房総半島から九州までの広い範囲を津波が襲い、被害は地震によるものより大きなものでした。波高は紀伊半島の南端の袋で6.9m、三重県、徳島県、高知県の沿岸で4~6mでした。

地震による被害は中部地方から九州まで及び、死者が1,330人、家屋の全壊が11,591棟、半壊が23,487棟、家屋の流出が1,451棟、焼失が2,598棟と甚大なものでした。地殻変動も発生し、室戸岬では1.3m、潮岬では0.7m、足摺岬では0.6m隆起しました。一方、高知県尾須崎では1.2mの沈降があり、高知市、須崎、宿毛付近でそれぞれ9.3、3.0、3.0km2に海水が入りました。地震の規模はM8.0で、1948年4月18日にはM7.0の最大余震がありました。

和歌山県すさみ町、徳島県海部郡阿南市、小松島市、牟岐町、高知県高知市、須崎市、土佐市、土佐清水市、四万十市、黒潮町等に昭和南海地震に関する自然災害伝承碑が残されています。

十勝沖地震

1952年(昭和27年)3月4日に十勝沖で発生した地震による津波です。関東地方までの太平洋沿岸一帯に津波があり、波高は北海道で3m前後、三陸沿岸で1〜2mでした。津波により浜中町霧多布で3人、浜中町床潭で3人、釧路市で津波で1人が亡くなりました。

地震による被害は北海道南部や東北北部で大きく、池田、幕別、豊頃、厚真で震度6を、浦河、帯広、本別、釧路で震度5を観測しました。また、全体で死者が5人、行方不明者が28人、住家全壊が815棟、流失が91棟でした。新冠町では牧草地の一部が地震の際に60cm~1mほど隆起し、「日高新山」と呼ばれました。地震の規模はM8.1でした。

房総沖地震

1953年(昭和28年)11月26日に関東東方沖で発生した地震による津波です。銚子付近に最大2~3mの高さの津波が襲来しました。

太平洋プレート内部で発生した正断層型の地震と考えられています。伊豆諸島で道路亀裂、八丈島で鉄管亀裂の被害がありました。地震の規模はM7.4でした。

チリ地震津波

1960年(昭和35年)5月24日の早朝に来襲した津波で、北海道から沖縄までの太平洋沿岸各地に被害を与えました。近地津波に比べて周期が長く、東北日本では40分、80分のところにピークがあり、西南日本では40分でした。波高は北海道・東北地方で2m程度(場所により4〜6m)、関東・東海・近畿・四国・九州で1m程度(場所により2m程度)、沖縄では4mの所もありました。

体感する地震がなかったこともあり、気象庁の予報が出たのは津波到達後でした。

北海道・青森・岩手・宮城・三重だけでも358億円の被害となり、前年の伊勢湾台風(被害額1,365億円)に引き続く大災害でした。人的被害は死者が119人、行方不明者が20人、負傷者が872人でした。特に宮城県と岩手県で多くの犠牲者が発生しました。家屋被害は全壊が2,002棟、半壊が1,991棟、流出が1,557棟、床上浸水が22,097棟、床下浸水が19,555棟でした。特に宮城県で多くの被害が発生しました。

北海道厚岸郡浜中町、岩手県宮古市、和歌山県田辺市、高知県須崎市、沖縄県名護市にチリ地震津波に関わる石碑が残されています。

チリ地震津波記念碑
チリ地震津波記念碑(岩手県宮古市)(出典:国土地理院ホームページ

日向灘地震

1961年(昭和36年)2月27日に日向灘で発生した地震による津波です。九州から中部の沿岸に津波が発生し、波高は最高50cmでした。

地震による被害は死者が2人(宮崎県と鹿児島県で各1人)、建物の全壊が全体で3軒、崖崩れ、地盤沈下、建物損壊、道路破損などでした。地震の規模はM7.0でした。

新潟地震

1964年(昭和39年)6月16日に新潟県沖で発生した地震による津波です。津波は新潟県府屋で5.4mと最も高く、秋田県男鹿半島から石川県能登半島までの沿岸では全般的に1~2mでしたが、佐渡両津湾では約3m、船川港では2~3m、七尾湾では約2mありました。

新潟地震 津波
津波  出典:新潟地方気象台

地震による被害は新潟県、山形県、秋田県で大きく、特に新潟では県民の14%にあたる33万2,000人が被災しました。この地震による被害には、津波、火災、液状化による被害、道路の沈下や破損などがありました。特に新潟市や酒田市等の低湿地帯では液状化現象により鉄筋コンクリートの建物の多くが傾いたり沈んだりし、さらに、竣工間もない新潟市の昭和大橋の橋桁が落ちました。また、昭和石油新潟製油所で火災が発生し、6月30日に鎮火するまでに貯蔵タンクは97基、周辺民家300棟余が延焼しました。全体で死者が26人、住家の全壊が1,960棟、半壊が6,640棟、浸水が15,297棟でした。

震源地は新潟県粟島沖南方20kmで深さ40kmでした。地震の規模はM7.5で、新潟市、相川町、長岡市などで震度5でした。

まとめ

この記事をまとめます。

  • 昭和時代中期には昭和南海地震、十勝沖地震、房総沖地震、チリ地震、日向灘地震、新潟地震により津波が発生しました
  • 昭和南海地震、チリ地震による津波では甚大な被害になりました

この記事は下記を参考にして作成しました。
国土地理院ホームページ
内閣府防災情報のページ
ほっかいどうの防災教育ポータルサイト
内閣府防災情報のページ

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